最初にお断りしておかなければならないが、私はまだ正式にCIDPとの診断を受けていない。継続して診ていただいた主治医からは、一様に病態が複雑で診断が難しいと言われている。一つには、経過が長い上に無治療で過ごした期間が長く、分かり難くなっているという側面がある。本人にも、ある時期から症状の出方が変わったように思われた。発症したのは、今から22年前の1981年だが、当時はCIDPという疾患名すらなかった頃(CIDPという疾患名が初めて用いられたのは、1984年と聞く)である。その時々に病院にかかったこともあったが、典型的ではない症状が多かったこと、自然回復がよく効きいつの間にか軽癒するので、本人にも医師を含めた周囲にも病気として捉えられなかったことが、発見に長い歳月を要した一因であろう。
もっと早く病気がわかって適切な治療を受けていたら……と思ったこともある。だが、仮にそうだとしても、治療に使う薬を思えば私の場合、長期服用による副作用を免れ得なかったであろうし、免疫グロブリンの保健適用が認められる直前に病気が発覚したのは、むしろ幸運だったと考えるべきなのかもしれない。長い経過の割には、今のところ深刻な後遺症も残すことなく、幸いにも軽く済んでいる方であろう。
以前に経験した症状をかなり詳しく覚えているのは、漠然と神経系統に故障の出やすい体質だという不安をいつも心のどこかに抱え、無意識のうちに当時の日記に書き記していたことにもよる。体験談を書くにあたっては、それらを部分的に参照したが、諸事情により省略もしくは簡略化した部分もあることを、予めお断りしておく。また、あくまでも一個人の体験であって、検査結果も含めて医学的専門的な事柄に関して、私にも知り得ない事があり、本人の気づかないところで記憶違いや誤解があるかも知れないことを、お含みの上お読みいただければ幸いである。
私的な体験談を公開するのはかなりの勇気が要ったが、似たような体験をしているかもしれない方々にとって、何か益する事があるかもと思い、そしてまた、未だ不明確な部分の多いCIDPという病気に関して、より進んだ理解を得る一つの契機になればと願い、御笑覧に供する次第である。
中学二年生の6月、左手小指に力が入らず、曲がったままになっているのに気づく。次第に左側から感覚異常(痺れ、感覚鈍麻)が手背に広がり、力が伝わらず五指全てが真っ直ぐ伸びなくなる。授業で使う定規が押さえられず、通学鞄が持てない。9月頃、右手にも感覚異常と脱力が出る。整形外科を二軒回り、小児科を紹介され、11月に専門病院で脳波の検査。何もわからないまま、ビタミン剤の処方を受け、なんとなくうやむやのうちに終わってしまった。翌年2月頃になって、漸くあまり気にならない程度に回復したが、左親指が細くなったような気がした。後にこれが発症であったことが判明する。
以後、発症時ほどひどくはなかったが、大体1年半おきぐらいに腕の感覚異常と脱力に悩まされるようになる。3:1で左手の方が圧倒的に多かった。高校一年の時にも同じような症状が出て、この時以来、左手首から先に力が伝わらず、力を入れようとすると反ったような具合になる。利き手ではないことから、左手は殆ど使わなくなる。病院に行っても分からなかったからか、人しれず悩みながらも、受診するという発想がなかった。
大学受験を控えた12月上旬、左顔面神経麻痺を起こす。当時はCTがあることで先進的と有名だった地元の脳神経外科専門の病院にかかる。二週目に、眼球の動きと瞳孔の反射が悪いと指摘され、大騒ぎになる。前述の症状を話すと、慌てて脳CT、レントゲンを撮ることになる。腱反射もおかしかったらしい。大きなビンに入った無色透明の水薬を服用、3カ月ほどで外から見てもわからない程に回復。あの味はプレドニンに似ていたと思うのだが、「水溶性のプレドニンなんてないよ!」と、後の主治医からは言われる。電気治療やマッサージも併用。夕方や疲れた時に心なしか歪みがわかるのと、顔の左側の筋肉を動かすと耳にこもったような音がする後遺症が残る。
秋から冬にかけて、腕に力が入りづらくなるが、自然回復。この頃、一時的にしゃがみ立ちが出来なかったことがある。
学生時代のこの頃より、何でもない道で歩いている時しょっちゅう躓いたり、足をくねったりすることがあり、母から「あんたは、歩き始めたのが早かったから足が弱いのかしら?」と呆れられる。踵の低い靴を履くことにする。今思えば、腱反射が低下していたのだろう。腕の感覚異常と脱力の症状は、年に1〜2回ほど。右手に出ると字が書きづらくて少々困ったが、いつの間にか回復しているし、そういう体質なのかもしれないと思っていた。
卒論の準備で根をつめて勉強していた5月、風邪をひき頭痛とともに左眼の奥が痛む。中程度の発熱後、軽い視力低下に気づく。また、それまでなかった左眼の飛蚊症がひどくなった(茶色い水が視野の中に流れている)ような感じ。しばらく様子を見ていたが不安になり眼科を受診、眼底検査後一カ月半ほど経過観察。事無きを得たが、肩凝りと疲労感、眼の疲れが一向にとれないため、7月半ば念の為にT大学病院眼科を受診。視神経の一部が青白くなっているとの診断。ビタミンB12入りの点眼薬処方、四カ月後にまた外来予約。以後、三度目の受診の時だったか、新しい主治医より「カルテを見ると視神経萎縮となっていますが」と言われ、教授診察となる。原因が分からないけれど、絶対大丈夫とは言い切れないため、年に2〜3回ほど定期検査(眼底と視野の検査)に来るようにとのことで、以後T大が眼科のかかりつけとなる。
専攻や進路のことで悩みやストレスが大きく、精神的な悩みが高じて体調不良が長らく続く。微熱が半年以上も続き、疲労感が強くて不眠等で抗不安薬などの処方を受ける。この頃、左腕にそれまでなかったような大きな脱力(外から見てわかる程で完全に力が抜ける)を生じ、同時に半身に力が入りづらくなる。たまたま自転車に乗った私ががふらふらしている姿を母が見て心配し、帰省先の地元の県立病院を受診。この時初めて、多発性硬化症(MS)を疑われるも、本人は精神的なものが原因とばかり思っていた。初めてMRI検査を受けるが異常はなし。とにかく静養に努める。
この時以来、感覚異常(痺れや何かがかぶさった感じ)や脱力(字が書きづらい、物をもとうとするとがくがくする、重たいものが持てない)といった症状が以前よりも頻繁に出るようになった。大体3週間〜2カ月ほどで自然に消退するが、左腕だけでなく右腕に出ることも多くなった。
それ以後は悩みも吹っ切れ、安定した新しい気持ちで日々を過ごしていたが、人より疲れやすく微熱がよく出るようになる。風邪もひきやすい。それ程忙しい生活を送っているわけでもなかったのに、疲れると脈が100を超えることがあり、心電図をとるが異常なし。自分の体質が変わったように感じた。病院に行ってもよく分からずじまい。神経にはビタミンB類がよいと知り、調子の悪い時には薬局で購入したビタミンBの錠剤を服用。食事にも気を使い、玄米や豚肉、ビタミンB類をたくさん摂取するように心がける。(後に入院先の主治医に「本能的なものだろうね」と妙に感心されてしまう。)